明々庵

茶人で知られる松江藩七代藩主松平治郷(不昧公)の好みによって松江藩家老の有澤邸に建てられ、
数カ所の移転の後、現在の赤山に移されます。
治郷は藩主になる前から江戸にて石州流茶道や多くの禅僧に学び、隠居後「不昧」と号しました。
茶禅一味となった武家の茶道「不昧流」を開き、家臣に広まります。

また、不昧公の時代には松江の財政改革が成功し、様々な文化が花開き、茶道は庶民にまで広がります。
その後の贅沢禁止令の影響もあってか、松江では、庶民が特に畏まった場ではなく日常的に番茶を飲むように抹茶を嗜む、独特の発展を遂げた茶文化が現代まで根付いております。

10月28日・29日に開催される「松江城大茶会」では、この「明々庵」を含む松江城周辺8施設を巡り、9流派の様々な茶道が楽しめます。(要予約)

明々庵

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